大判例

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東京高等裁判所 昭和29年(う)2233号 判決 1954年11月25日

控訴人 原審検察官

被告人 鐘承彰

弁護人 四宮久吉

検察官 小出文彦

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年に処する。

原審における未決勾留日数中九十日を右刑に算入する。

押収にかかる外国製腕時計合計千五百七十九個(昭和二十九年押第八一六号の一乃至一〇)はこれを没収する。

原審及び当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意並びにその答弁は、末尾に添附する横浜地方検察庁検事田中良人名義の控訴趣意書並びに弁護人四宮久吉名義の答弁書にそれぞれ記載してあるとおりである。

よつて案ずるに、原審検察官は被告人に対し、被告人は英国船福州号の乗組員であるが、知人から頼まれて外国製時計を密輸入し関税及び物品税を逋脱せんと企て、昭和二十九年三月十五日香港において時計七十九包合計千五百七十九個を福州号に持ち込み、同月二十二日横浜に入港し、(イ)右時計のうち二十包合計百八十個については松本光二、阿曽精三郎と共謀の上同日税関の免許を受けないで福州号から陸揚げ輸入し以てこれに対する関税十万四千三百四十円を逋脱し(ロ)残品五十九包合計千三百九十九個については関税百三十八万千三百九十円の逋脱予備を為したとの事実について公訴を提起し、その後各行為とそれぞれ一所為数法の関係にあるものとして(イ)については物品税四万五千二百二十円を逋脱し、(ロ)については物品税百四十八万六千八十円の逋脱予備をなしたとの訴因、及び物品税法違反の罰条の追加をなしたこと、原審裁判所は、右公訴事実中(イ)の関税の逋脱罪と(ロ)の関税逋脱予備罪の各成立を認めたが、(ロ)の物品税逋脱予備の点については、被告人の右行為の段階においては物品税法第十八条第一項第二号にいう不正の行為を以て物品税の逋脱を図つたものに該当しないと解するを相当とするとして無罪と認定したことは所論のとおりである。

正規の通関手続を経て外国から物品を輸入する場合には、その物品に対して関税を課することは関税法第一条、関税定率法第一条に定めるところである。しかし時計は物品税法第一条第二種戊類第四十八号、同法施行規則第一条に規定する物品税課税品であるから、これを輸入する場合にはこれに対し前記関税が課せられる外関税定率法第二条に定める課税価格に関税に相当する金額を加えた金額に対し物品税が課せられることは物品税法施行規則第十二条、物品税法第四条の規定に徴し明らかであり、正規の手続を経ずして輸入する場合においても両税の賦課を免れ得ないことは当然であるといわなければならない。

次に右両税の賦課を免れる行為即ち逋脱行為に対する右両法の処罰に関する規定につき案ずるに、先ず関税法の規定につき考察すれば、昭和二十五年四月三十日法律第一一七号による改正前の同法は、その第七十五条に「関税ノ逋脱ヲ図リ又ハ関税ヲ逋脱シタル者ハ云々」と規定していたが、右の改正によりその第七十五条は「関税ヲ逋脱シタル者ハ云々」と第一項にその既遂を規定し、第二項として「前項ノ罪ヲ犯ス目的ヲ以テ其ノ予備ヲ為シタル者ハ同項ノ犯罪ノ実行ニ着手シ之ヲ遂ケサル者亦同項ニ同シ」との条項を設けたのであるが、右はその法律の改正により新たに関税逋脱の予備を処罰するに至つた趣旨ではなく従前の規定を明確にしたに過ぎないと解される(右改正前の同法第七十六条に関する解釈(最高裁判所第二小法廷昭和二十五年七月二十八日判決裁判所時報六四号四 所載参照)に準ずる。)から、右改正前の同法条にいう「関税ノ逋脱ヲ図リタル者」には関税逋脱の予備をなした者をも包含する趣旨であるということができる。しかるに物品税法においては、昭和二十四年十二月二十七日法律第二八六号による改正前における同法第十八条第一項は「詐偽其ノ他不正ノ行為ニ依リ物品税ヲ逋脱シ又ハ逋脱セントシタル者ハ云々」と規定し、右改正後の同法第十八条第一項第二号は「詐偽其ノ他不正ノ行為ヲ以テ物品税ヲ逋脱シ又ハ其ノ逋脱ヲ図リタル者」と規定するのみであつて、関税法の如くその予備を処罰する旨を明文を以て規定していないのである。従つて物品税法第十八条にいう右改正前の「逋脱セントシタル者」及び改正後の「逋脱ヲ図リタル者」とは犯罪の実行に着手して遂げさる未遂の場合のみを指称するか或は更に広く前記改正前の関税法第七十五条の解釈に準じ、物品税逋脱の予備たる行為をも凡べて包含する趣旨と解すべきかにつき疑があるのであるが、物品税法第十八条はその規定の文理に照し、処罰の対象を単に未遂の場合にのみ限局しているものとは解されない。むしろ未だ犯行の着手に至らない準備行為をも或る程度はその対象としているものと解するを相当とする。

しからばその準備行為の範囲如何即ち前記改正前の関税法第七十五条の如く逋脱の予備と同一に解すべきか否かにつき案ずるに、関税法と物品税法とはその保護法益を異にするものであること及び右両法の各規定の趣旨を考え併せると、両者はその軌を一にするものでないから前記各法条を同一趣旨に解釈することを得ないのであつて、即ち物品税の逋脱を図るには、前記関税法にいう逋脱の予備例えば物品税逋脱の意図の下に物品税法第二条所定の物品を購入するが如き行為或はこれを密輸入する目的で外国の港湾において船積した如き行為までを包含するものではなく、逋脱のための単なる準備行為の範囲を超えて犯行の着手に接着近接した手段の遂行に入つた場合換言すれば物品税逋脱の意図の下に密輸入する目的を以て船舶に積載隠匿して日本国の港湾に到達し犯罪の実行行為に接着近接した段階に到つた場合の如きは、右の逋脱を図りたるものに該当するものと解するを相当とする。(最高裁判所第一小法廷昭和二十三年八月五日判決判例集二巻九号一一三五頁趣旨参照)

しかして本件について観るに、被告人は前記(ロ)の時計を(イ)の時計と共に日本に密輸入し関税及び物品税を免れる目的を以て香港において福州号に積載隠匿して横浜に入港し、(イ)の時計は通関手続を経ずして既に陸揚げ輸入し、更に(ロ)の時計も同様陸揚げしようとしているうち発見差押えられたというのであつて、そのことは記録に徴し認められるから、(ロ)の時計についての被告人の右所為は関税法第七十二条第二項に規定する関税逋脱予備罪を構成することは勿論であると共に物品税法第十八条第一項第二号にいう不正の行為(船舶に積載隠匿し正規の通関手続を経ずして輸入せんとするが如きはここにいう不正の行為というに妨げなきものと解する。)を以て物品税の逋脱を図つたものに該当するものと認めるのを相当とする。しかるに原判決は右の如き被告人の行為の段階においては物品税法第十八条第一項第二号の不正の所為を以て物品税の逋脱を図つたものに該当しないと解するを相当とするとして右の行為を無罪としたのは、結局法令の解釈を誤つたものであつて、その瑕疵は判決に影響を及ぼすこと明らかであるから破棄を免れない。結局検事の控訴は理由があることに帰する。よつて刑事訴訟法第三百九十七条第一項第三百八十条により原判決を破棄し同法第四百条但書により当裁判所において更めて判決する。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 大塚今比古 判事 三宅富士郎 判事 河原徳治)

控訴趣意

原判決には法令の適用に誤りがあつてその誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから破棄を免れないものと思料する。

原判決は英国船福州号の乗組船員たる被告人が昭和二十九年三月十五日頃香港において前記船内に外国製腕時計千三百九十九個を隠匿したうえ同年同月二十二日横浜港に入港し以て右腕時計に対する関税百三十八万一千三百九十円逋脱の予備をなしたものであることを認定しながらこの関税逋脱予備の行為が同時に物品税法第十八条第一項第二号後段に触れる旨の物品税法違反の訴因に関しては犯罪を構成せざる旨の判断をなしたのである。その理由の要旨は、

被告人の右の行為の段階においては物品税法第十八条第一項第二号の不正行為を以て物品税の逋脱を図りたる者に該当しないと解するを相当とする。というにあつて其の措辞はなはだ簡にして明確を欠き原審が、(イ)物品税法第十八条第一項第二号の「逋脱ヲ図リ」とは逋脱の未遂行為のみを謂いその予備行為は之を含まないものと解し本件被告人の前記行為は逋脱の予備行為の段階に過ぎないので「逋脱ヲ図リタル者」に該当しないものと解したものであるか、(ロ)「逋脱ヲ図リ」とは逋脱の未遂のみでなく予備行為も包含するがその予備行為は同号前段の「詐欺其ノ他不正ノ行為ヲ以テ」為されることを要し詐欺其の他不正の行為を伴はない予備行為は之を処罰しない趣旨に解し、本件被告人の前記行為は詐欺其の他不正の行為を伴はないものであるから物品税法第十八条第一項第二号の不正行為を以て物品税の逋脱を図りたる者に該当しないものと解したものであるか、判然としないがその何れかであることは明らかである。仍て右二つの解釈について順次検討するに

(1) 物品税法第十八条第一項第二号後段の「逋脱ヲ図リ」とは物品税の逋脱を企図する一切の行為を意味し物品税逋脱の未遂行為のみでなく予備行為をも包含するものと解すべきである。

最高裁の判例(昭和二五、七、二八第二小法廷判決)に於ても昭和二十五年四月三十日改正以前の旧関税法第七十六条に規定した「免許ヲ受ケスシテ貨物ノ輸出若ハ輸入ヲ図リタル者」とは未遂の外予備をなした者をも含むものと解釈して居るのであつて「図リタル者」なる用語の持つ意味は同一に解釈すべきことは当然である。而しておよそ予備行為とは特定の犯罪を実行する意思の下になすあらゆる準備行為を指称しその準備行為の態様如何を問はないものと解すべきであり物品税法第十八条第一項第二号後段の物品税逋脱の予備は同号前段の「詐欺其ノ他不正ノ行為ヲ以テ物品税ヲ逋脱」することを実行する目的を以てなす一切の準備行為を指称するものであるから本件被告人の前記行為は正に之に該当するものであることは疑の余地なきところである。

(2) 物品税法第十八条第一項第二号後段の「物品税ノ逋脱ヲ図リ」とは「詐欺其ノ他不正ノ行為ヲ以テ物品税ヲ逋脱」する目的で為す予備行為を為し又は実行に着手して遂げざる場合を指称するのであつて予備について謂えば予備行為そのものが詐欺其の他不正の行為を手段とすることを要件とするものではないと解すべきである。

凡そ予備とは実行に着手する以前の予備行為であり予備行為それ自体に「詐欺其ノ他不正ノ行為」が伴うことがあり得るか否かはなはだ疑なき能はざるところである。

少くとも実行に着手しない以上その不正行為は未だ外部に表現せられないのが普通である。随つて詐欺其の他不正の行為を伴はない予備行為は之を処罰しないものと解するが如きは予備行為の本質を誤解し法の趣旨に背反するものといわざるを得ない。蓋し、予備行為が特定の犯罪を犯す目的のもとに行われる準備行為である限り、この準備行為それ自体がいかなる手段方法を以て行われるかは何等の意味をも持つものではないからである。物品税法第十八条第一項第二号の「詐欺其ノ他不正ノ行為」は同号前段の物品税逋脱犯の成立するための要件であつて、同号後段の物品税逋脱予備犯は、予備犯の本質上詐偽その他不正の行為を以て行われる必要はなく同号前段の行為をなす意思のもとに行われる一切の準備行為がそれに該ると解さなければならない。

この様に考察するときは、物品税法第十八条第一項第二号後段は物品税逋脱未遂のほか物品税逋脱の目的を以てその予備をなしたものを広く処罰するものと解すべきであるから、これと異る見解のもとに被告人の本件行為が同号後段に該当しない旨の判断をした原判決は法律の解釈を誤つた違法があるものというべくしかも被告人が香港において本件外国製腕時計をその乗船する福州号に積込んだ意図は物品税法第十八条第一項第二号前段の不正行為に該る密輸入の方法によつてこれを本邦に陸揚げして輸入に関する課税を逋脱しようという点にあつたことは本件外国製腕時計については正当な送状もなく又これを船内居室に隠匿蔵置した事実や被告人の供述等を綜合して十分に証明されるところであるから、被告人の本件行為が物品税法第十八条第一項第二号後段に該当することは明白であつて原判決の以上の誤が判決に影響を及ぼすこと明かである。よつて原判決は刑事訴訟法第三百八十条に該当し同法第三百九十七条により破棄されるべきものと思料する。

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